死同然のロボットではない、曝け出す、記録のフィクション化

基本的に毎日勉強しているんだけど、週に一度か二度、勉強できるけどまったくしたくない日というのが訪れる。今日はべつにそんなふうでもなかったけれど、なんとなくそんな日になってしまいそうだ。そういう日はベースを弾いたりぼんやり音楽を聞いて「かっけー」とか言ってみたり塗り絵をしたり昼間からお酒飲んで読書したりして過ごす。わたしが思うにやはり五十嵐とカート・コバーンは似ていて、生まれ変わるなら絶対にその二人になりたい。薄暗くて引きこもりの性質があって、お酒や煙草に埋もれがち、音楽をやっていて歌う・叫ぶ・ギターをかき鳴らすなどする、曲をつくる、そういう共通点はもちろん、わたしはばかなので具体的に「こう考える。理由はこう」とか言えないんだけど、感覚的に似ている。格好よすぎて、ほんと、勘弁してくれという気持ちになる日がある。今日がそれだった。人間誰でも不可侵の領域を持っていると思うけど、曝け出して格好いいの、ずるい。そんな不可侵の領域なんてまやかしで、本当はなんにもないのかもしれない。


しばらく家の中でも気分を落としたくないと思って香水をつけたり指輪をつけたりお洒落をしたり化粧をしたりしていたんだけど、虚しくなってやめた。こういうところが向いてない。なにに向いてないのか自分でも分からないけれど、時々無性に「向いてねー」と思う。頭を空っぽにして楽しめることがすきで、難しいことはあまりすきじゃない。幼い頃からの性質だと気づいたのはこの文章を打ちながらなので、つくづく「向いてねー」なのが顕だ。難しいこと考えるのがすきな人というのは一定数いるはずだし、そういう人たちが頑張ってくれればいい。逆にそういう人たちは頭空っぽにして楽しむの苦手かもしれないし、それはわたしが心ゆくまでやっておくから安心しなさいというか、そんな感じ。


わたしの中には朝から感傷的な気分の日というのが存在して、勉強できるけどまったくしたくない日というのはそういう日なのかもしれない。ところでベースを練習しながら思いついたけれど、わたしは大学生のうちに大学生のわたしの記録を創作物に還元した方がいい気がしている。不良が出てきて暴れるファンタジーのような夢物語を書いている場合ではない。キャパシティが狭小なので恐らく両立というものができない。これは最近ついに認めたことなんだけれど、わたしのキャパシティはびっくりするほど狭小だ。物事の単純な同時進行とか、仕事の効率化とか、サークルとアルバイトをこなすとか、そういうことはできるんだけれど、サークル2つどちらも全力でやるとか、サークルとアルバイトと授業を天秤にかけずにすべて頑張るとか、そういうことができない。自分で自分に「まぬけ」と言ってしまうくらいすっぽり抜け落ちる。どれくらい重要なのか考えられない。病気なんだろうな。


キャパシティが狭小な話は本当にどうでもいいんだけど、恐らく両立ができないので、夢物語を捨て去ってわたしの軌跡とやらを書いた方がいいのかなと今日考えていた。わたしの軌跡とやらはすぐに書き終わる気がする。せっかくいろいろ詳しくなったし、周りにいる変な人たちすべてを書きたい衝動が収まらない。フィクションにするけれど、のっぺりした平な物語になるんだろうなと思う。特別なことはなにもない、そういうやつが書きたい。必然的にわたしの送った自堕落でどうにも救いのない生活を曝け出すことになるので、結局のところ、似たようなものかもしれないと思った。フィクションだから思った・考えたことを書けばいいわけであって、出来事まで似せる必要はないと言い聞かせてちょっと元気がでる。最近のわたしの生活を彩るものは音楽しかないから、きっと音楽のことばかり書いてしまう、趣味丸出しの、気持ち悪い創作物になってしまうんだろうな。それでいいや。


早く日常に戻ってきてほしい。頭がおかしくなる。恋人は鬱気味で、意味もなく朝まで起きているらしい。わたしは仲のよい人間と話をすることで人生に関する気づきを得る人間なので、仲のよい人間との会話がないとなにも考えないし、死同然だ。毎日決まった時間に起きて決まった量の勉強をして決まった時間に寝るロボットにでもなった気分だ。こんな生活で頭をおかしくしない人間がいるんだったら、めちゃくちゃ稀有だね。


以上

精神の安定、結論の求められないこと、思春期、救われる気持ち、鮮やかなグリーンと閉塞感

昨晩オンライン飲み会をした。なにもしたくなかったから、そのためだけに時間をかけて化粧をした。暇ではないはずなのに暇な気がしてきて、どうにもなにも手につかない。先々週もオンライン飲み会をzoomでやったんだけれど、そのときはカメラをオンにしていなかった挙句、赤ワイン750mlを一本と半分あけて一人愉快に酔っ払ってしまったので(翌朝もちろん全部吐いた上で鬼のような二日酔いだった)、実質はじめてのようなものだった。それはそれで楽しいけれど、そろそろ家に一人で一日中家の中にいることに飽きてくる。生身の人間とお酒が飲みたいし、お化粧をして可愛いお洋服を着て遠くへ出掛けたいし、人目を気にせず外で大騒ぎしたいし、なんでもいいから、とにかく美味しいものが食べたい。


最近は精神がすこぶる安定していてすごくいい。先々週くらいまで2時に寝て1314時に起きる生活をしていたけれど、最近はもっぱら22時には寝て78時に起きている。家中掃除してぴかぴかになったし、自炊もときどきする。野菜が食べたいという気持ちが最近はすごく大きい。買ってきて切って炒めるかスープにするかしかできないけれど、それで十分ということに気づいたので、自炊へのハードルが低くなったのもあるかもしれない。


わたしは現実のわたしを知っている人間が読んだらすぐにわたしだと分かる文章ばかりブログに書いてしまうので(いつどこでなにをした、そもそもの文体、言葉の使い方、聞いている音楽、すきなものなど)、過去の記事をすべて非公開にしていたんだけれど、せっかく記録をつけていたのにと思って、一部を除いてつい先日また公開した。


精神が安定するといいことがいろいろあって、お酒を飲まなくなるし、煙草を吸わなくなる。もちろんお酒はすきだから飲むけど、毎日毎日、ビール2リットルとか、ワイン一本とか、焼酎あけちゃうとか、そういうばかで勿体ない飲み方はしなくなった。べつに悪いことでもないしいいんじゃないとも思うけれど、やらないに越したことはない。煙草も3日に1本吸うか吸わないかくらいに自然と減った。

これは「自然と」という部分が大切な気がしていて、自分で自分に強制したのなら話はまた違う。


最近は将来についてよく考えているけれど、とくに結論の求められるようなことを考えているのではなく、結論も出ないし、ちょっと気分は鬱になるし、いいことはない。それでもそういう時期にいるので必要でずっと考えている。わたしが目指しているところには勉強が必須なんだけれど、今まで遊び呆けてきたから今更勉強しようと思ってもどうしていいのか分からない。勉強しなければならないのにできないから焦る。すぐに部屋の掃除とかしてしまうし、すぐに料理とか買い物とか散歩とか、こうして文章を書いたりだとか、そういうことに逃げてしまう。自分が今までどうやって勉強していたのかを全然思い出せない。世間が許す許さないにはまったく関係なく、まわりの人間が許すのであれば、今すぐに大学をやめてアルバイトして自由気ままに生きたい。許されないから口にしたことは一度もなくて、こうして文章に留めておくけれど、自分自身でもそれはきっと厳しい選択なんだろうと思う。大学を卒業して安定した職業に就くほうがよっぽど悩まなくて済みそうだ。


心が苦しくなるくらい自由が欲しいらしい。


どうしてこういう人間になったのか、自分でもよく分からない。なにに反抗してこんな変な人間になったのか分からない。なにが嫌で毎日しくしく泣いたときがあったのか分からない。なにが鬱でやらねばならないことをできない人間になったのか分からない。


遅くきた思春期なんだろうなと決着をつけて一先ずのところは落ち着いた。


最近はずっとtitle fightを聞いている。title fightはわたしの中で永遠に春の音楽で、例えば冬の寒い朝Mineralを聞いて「がんばろう」と思うのと同じで、朝にtitle fightを聞くと救われる気持ちになる。

title fightアメリカのポストハードコア、エモ、メロディックパンクの辺りをやっているバンドで(アルバムによって結構違う。これは明らかにパンクでしょというもの、これは明らかにシューゲイザーでしょというもの、これは明らかにエモ・インディーでしょというものがある)、一番つよい言い方をするとメロディックハードコアというらしい。つまりメロコアなんだけれど、その一言で片付けたらすごく勿体ないし、わたし個人としては悔しい気持ちになる。

特にすきなのはアルバム2枚目の「Floral Green」で、Leftyという曲が泣いちゃうくらいにいい。

ライブの映像をYouTubeで見たけれど、カッコよすぎて気が狂うかと思ったし、当然に泣いた。

あとは「Hyperview」という比較的新しいアルバムのYour Pain Is Mine Nowという曲もすごくいい。泣かせにくるギターがたまらない。


最近は欲しいと思ったもの、読みたい本、行きたいところ、聞くべき音楽とかをリスト化するようにしている。

欲しいものはすでに結構あって、RMKのすごく鮮やかなグリーンのネイルポリッシュ、celvokeのパウダー、ボディクリーム、sisleyのリップなどなど、読みたい本は西瓜糖の日々、カラマーゾフの兄弟などなど、すぐに忘れてしまうからなんでもかんでもメモに残している。

ぼんやり生きているからか知らないけれどなんだか物忘れが酷いから、これぐらいでちょうどいい。


最近はかつて書いた文章を読み返して「なるほどな」とか「いいじゃん」とか「わかるよ」とか心の中で返事することが多い。

自分が書いた文章を読み返すことがずっと苦痛だったし、これは成長なのか知らないけれど、いいことだなと思う。

懐かしのas you likeからすきな文章を貼り付ける。



海へのゆるやかな下り坂をずっと二人で下りていく。沈黙だけがそこにはあって、鷹がなにを考えているのかは知らないけれど、私はいつもなにも考えていなかった。そういうところから、きっと、根本的に全てが違う。


人間には誰にでも噛み合わせがあって、生まれてからずっと、全部噛み合わないままここまで来てしまったように思う。思い過ごしでもなんでもなく、実際そうなのだ。見慣れた現実は相変わらず殺風景にやさしい。この世に厳しいことなんかなに一つないとでも言うかのように、ぬるま湯みたいにやさしい。神さまが精一杯の同情を与えてくれたみたいだ。


あまりに現実とかけ離れているから、脳が狂ったらしい。ずっと夢を見ているようで記憶が希薄だ。自分の受け答えも、思考も、相手の表情も、感情も、温度も日付も天気もぜんぶが希薄で、時々ものすごく怖くなる。


ゆるやかな閉塞感があった。すきな人間に首を絞められていく感覚がしていた。手綱を握られる気配がした。自分はずっとどこか遠くを飛んでいるのだと勘違いしていた。幻覚でも見ていたかのように白い海がすべてを物語っていた。殺伐とした空気にしたがっていたのは、ずっと、自分だけだ。


鷹は11月のしろい海を見ていた。

「なにも解決しないことがいちばんで、堂々巡りをするくらいなら現実を殺して、はじめからなかったことにして、もう一度ぜんぶ作り直すべきなのかもしれないってずっと考えていた」

青なんてものははじめからそこになかった。

「そんなのはまやかし」「都合のいいように書き換えてきたんだよ、過度の期待を裏切られるのが痛いから嫌なの、ぜんぶぜんぶ、特別だと思ってたら痛い目を見るのは自分だってわかってるのに、全然だめ。約束されたものというか、確実なものなんて一つもあったことがない」



この辺の文章が大体すべて突き刺さる。自分が書いたとあまり思えないけれど、確かにわたしっぽい文章だなと思うから、記憶は難しい。


最近は最近はと書き連ねてきたけれど、そろそろ書くこともなくなってきたので、この辺で終わり。

寂しいけどすきなもの、しばしのなにか、生み出したもの、誠実に生きる

晩夏が近づいていますね。最近は考えごとに耽ったり、考えることを放棄したりどっちつかずな日を過ごしています。一体わたしの存在を覚えている人はどれくらいいるのでしょうね。

最近は結構悲惨ながらに楽しい生活を送っていて、ふとした瞬間にかつての自分を思い出したりするけれど、その生活とどっちがよかったか考えてもよく分かりません。たぶんどっちつかずというか、どっちの方がよいとか悪いとかは特になくて、正しいことがないみたいなのと一緒なんだと思います。つまりわたしは今の生活が楽しくて、お金も余裕もないけど別にいいかなとか考えていて、前置きは長すぎても間延びするだけなのでこれくらいにしておきます。

創作活動を行わなくなって3年が経ちます。言い訳やら宣言やらをだらだらと続けている間に3年も経ってしまったのかと我ながら引いてしまいます。別に何も書かなかったわけでもないし、すこしずつ創作物は出していたけれど(それは花都暝衣の名義でも、芽生霙の名義でも)みなさんが一番待っていたであろうものは書かずにここまで時間が経ってしまいました。

生活が変わったら時間的な余裕も自分という人間もけっこう変わりました。自ずと気づいている方もいるかもしれませんね。別に以前から誠実な人間ではなかったけれど、以前よりさらに不誠実になりました。たぶんわたしの生活を覗いたらドン引く人もいそうだなあって思っています。それはどうでもいいんだけど、だからわたしはもう何も書けなくなっちゃったみたいです。

何かを書きたいとは思っているけれど、それは決して簡単なことではないのだと最近になって気付きます。ちょっと気づくのが遅かったような感じもするし、自分はそういう人間なんだということに気づけただけでもよかった気もする。うまく言葉で説明できないのが歯痒いけれど、例えばこうして文章を書くことでさえ、以前のわたしならなんの苦もなく(それどころか喜んで)やっていたと思うのに、今のわたしは「よしやるぞ」って思ってからしばらく経たないとできないんです。春が来たくらいからずっとそう思っていて、ちゃんと言わなければならないことだと思っていたのに、しばらくが長すぎるんですね。夏がすきだから夏が終わる前にせめてちゃんとしようとようやく決意して今に至ります。これから今よりもっと誠実に生きなければいけないという重責もあるし、単純に忙しくなりそうだし。

誠実に生きるというのは難しくて、それはわたしが元から不誠実なまま生きてくることを許されちゃったからかもしれないけれど、この辺が区切りとしてちょうどいいと思います。なにかを待ってくれている人が今どれだけいるのかはわたしには分からないし、どれくらい真剣に待ってくれているのかも分からないけれど、そんな人が今もいるのなら誠意を持って謝らせてもらおうと思います。ちゃんと終わらせられなくてごめんなさい。これはわたしが生み出した人間たちにも言えることで、そういう人間たちはたくさんいて、わたしの頭の中には彼らの時間の流れが全部あって、これから書こうと思っていたもの全部、まだ書いていない人間たち全部、そういうのにも謝るべきなんだろうね。結末まで決めておいて完遂することもなければ始まることすらなかったので。

ごめんなさい。

晩夏は寂しい気持ちになりますね。陽が落ちるのが早くなって、朝夕も涼しいし、ちょっと湿気があるのが気に食わないけれど、それでもいい季節です。すきな音楽を流しながらすきな人みんなと夜中のお散歩がしたい。もので溢れかえっている今の生活なんだけれど、たぶんわたしにとって必要なものはそんなに多くはなくて、だからそういうもの全部捨ててしまいたい。

創作はずっと捨てられないものでした。だからしがみついていました。ツイッターとかでなにも発さなくても、それでもこっそりとしがみついていました。捨てることは絶対にできなくて、それはわたしの一部なので一生切り離せないんだろうなと思う。ものとは違うし、何よりわたしが捨てたくないと思っている。

ツイッターを消したりだとか、創作物を消したりだとか、そういうことはするつもりは今のところありません。でもたぶんもう書くことも更新することもできないし、いつか戻ってきたとして、わたしが作った創作物を残しておく場としてあの場所がどうなっているかも分からないし、だからお別れということになりそうです。

いつかまた、夜中にすきな人とお散歩するとか、いらないもの全部捨てるとか、精神的余裕が生まれるくらいになにかが安定するとか、そういうことがあったら創作をします。どこかに載せると思います。その時の名前はきっとわたしだと分かる名前にすると思います。花都暝衣でも芽生霙でもないけどね。

いつかどこかで会いましょう。みなさんが楽しい日々を送れることを祈っています。

それでは!

夏、日々更新されていくもの、ワイルドカード

随分長い間文章を書くことからさらに離れていました。わたしはもしかして文章を書かなくてもいい人間になってしまったのかもしれないなと思いながら、なんでか泣きそうになってしまったので、きっとそんなことはないのでしょうね。

 

最近も元気に過ごしていて、暑い夏の気配を感じながらにこにこしたりうんざりしています。夏はそんなものだよね。アルバイトをするか練習をするか人に会うか1人でどこかに行くかのいずれかをしていて、あまり大学には行っていません。とっている講義には一応きちんと行ってるんだけど、どうにもやる気が出ないね。この時期は毎年そうだからあまり気にしていない。

 

何かを考えることを放棄しているような感覚が自分の中にあって、閃きも発見もない。後輩と話しているときとか彼氏(彼氏できたんです、実は)と話しているときとか同期と話しているときとかにちょっとだけ「お」って思うことはあっても、そこから掘り下げようという気があまり起きない。難しいことは全部やめちゃった。ともだちは知らぬ間にまたいなくなりました。自分を取り巻く環境はなんだか自分を置き去りにしたまま日々更新されていっちゃうから、ときどき昔のことを思い出して(昔といっても数ヶ月前とかなんだけど)、あのときは周りにこういう人間がいたし、わたしはこの人に対してこういう風に接していたとか、こういう距離感だったなとかいうのをちょっと思い出したりして、ウ〜ンって唸る。

ウ〜ンってなんだよ。

 

わたしは甘いものがあまり好きではなくなってしまって、甘いお酒もあまり飲まないんだけど、このまえ猛烈にカルーアミルクが飲みたくて、お気に入りのタバコ屋さんでアークロイヤルワイルドカードを買ったときDJ mixとかいう謎のたばこを勧められたので、今度買ってみようと思う。ちなみにワイルドカードは中身がめちゃめちゃ可愛くて、フィルターが茶色だった。パッケージが果てしなくダサい!味はあまり甘くなかったです。結局カルーアミルク飲んだしね。

 

髪の毛を自分史上最高に短くしたら快適すぎてびっくりしちゃって、しかも意外に似合ってるから、これだったんだな〜とすごく思いました。最近は左目にものもらいができちゃって結構悲しくて、でも毎日4回目薬をちゃんとさしているので快方に向かっています。めがねなのがつらいね。あとはなんか紫のほうがいいなって思って紫の入った濃い赤リップを使っています。誰にも媚びない、誰にも流されない、わたしはわたしですというのをみんなに公言できる色だと思います。わたしの夏のスタートはビールと日本酒を浴びるほど飲んでから最高の気温の夜中に外で日本酒を飲んだことだったんだけど、夏の終わりもまたそれで締めたいな。

 

ビールで思い出したんだけど、この間インドカレー屋飲みをして、意味のわからない瓶ビールを一人で無限に飲んでしまいとても楽しかったので共有しておきます。インドのマハラジャ、タイのシンハ、ネパールのネパールアイス、変なビールに気付く前にサッポロの瓶を飲んでいたのちょっと後悔しています。変なビールは大抵美味しいね。マハラジャはちょっと覚えてないんだけど(普通に美味しかった)、シンハは苦味が強くて好みでした。ネパールアイスはけっこう甘みがあるというか清涼感みたいなのがあったな。ラガーが好きなので美味しかったです。ビール紹介なんて慣れないことするもんじゃないですね。別日に別場所でコロナも飲みました。ぜんぶ美味しい!

 

そうこう言っているうちに意外に文章が書けてしまったなとちょっと面白く思っています。最近は専らハイライトのメンソールを吸っています。最高の夏にしよう!みなさんはお元気ですか。お元気なことを願っています。人生に勝とう!

以上

日記をつける、夜の海

日記をつけはじめました。その日の出来事、見たもの、聞いたもの、飲んだもの(お酒をよく飲むのでその日なにをどれくらい飲んだか忘れないように)、考えたこと、思ったこと、感じたこと、言われたこと、言ったこと、あとから感じる思い、全部を書くようにしています。例えば明日はたまごサンドが食べたいとか、そういう言ってしまえばどうでもいいようなことも。

 

すごくだいすきな人間ができました。恋愛的な意味でこんなに人をすきになることがあるなんて全然想像していなかったから、一体なにをどうすればいいのかよく分からなくて混乱して精神がぐちゃぐちゃになっています。なにをどうすればいいんだろうね。

 

飲みに行った日の帰り、ぜんぜん訳もわからぬままわたしが言い出した「海見たいね」の言葉で(詳しいこと覚えていないのでたぶんそうくらいなんだけど、もしかしたら焚きつけたのは向こうかもしれない、わたしだと思うけど)終電で海を見に行きました。わたしたちの住んでる場所からその時間にいちばんはやく着く海は茅ヶ崎でしたので茅ヶ崎の海へ行きました。某路線にて40分からもうすこしかけて東京駅まで出て、そこから1時間すこし東海道線に乗って茅ヶ崎駅に行きました。海まで寒がりながら2人で歩いて(あとから調べたら1キロくらいだったのですぐに着いた)、人1人もいない夜の海を見ていました。結局1時間くらい。波の様子はずっと見ていてもぜんぜん飽きなくてびっくりしました。わたしはもともと水(川、湖、滝、海などね)を見るのがけっこう好きで、止められない限り永遠に流れを見続けちゃうくらいなんだけど、だからずっと行く・来るを繰り返す海の波を見てたくさんのことを考えていました。大部分は黙って。黙っているわたしに黙ったまま付き合ってくれるから天才なのかもしれないとたまに思います。そして天才なんだろうね、実際、わたしにとっての天才で、なんていうか人間は凸凹みたいなのがあって、そこにはまる人間はまらない人間ってお互いにあって、柔らかい言葉で言えばそうだしちょっと台無しにしてくる言葉で簡潔に言えば「相性」というやつなんだと思うけど、その凸凹みたいなのにすごくきれいにはまるから、いつもいつもびっくりしてしまいます。とにかく海を見て、砂浜はぜんぜん上手く歩けないこととか、自然はすごくなんでも受け入れてくれる気にさせてくれるものだなとか、月も星もこんなに明るいものなのねとか、砂浜は風が遮られている(のかよくわかりませんが)ので寧ろ帰りの道路の方がすごく寒かったこととか、ぜんぶ、この先ずっと忘れることがなくてわたしのことを苦しめてくるんだろうと思ったら、なんでそんなばかなことしたんだろうと思います。それはいいんだけどね。なんにも後悔していないのでそれはいいんだけど。そう言っているだけで本心では後悔しているのかもしれないと思うと、そのことがまた悔しくて、ずっとそういう風に連鎖していくのでなにも止まりません。どうすればいいんだろうね。

 

とにかくそんなことがあったのでぜんぶだめになっちゃって、精神が終わっちゃって、次の日ともだちの家に駆け込んで(昨日のことなんだけど)大泣きしました。ほんとうに大泣きしました。ずっと涙が止まらなくてびっくりしちゃった。いろんな話をしたんだけど、「あなたは自己分析が下手くそなんだからしない方がいい!」と言われ、はっとしました。いい意味ですごい突き刺さってびっくりした。わたしは自己分析が下手くそだからこうしてここに長い文章を綴らないとやっていけないんだと思いました。はじめてまともに分かったことのような気がします。

 

日記は思考を整理してくれるものだと思うのでこれからも書くと気合い入れました。夜の海はだれになにを言われようと最高だったよ、海に行ったのは人生で3、4回目のことでした。以上

夏と朝陽、自由と単純

もうずっとブログを書いていないなと思っていたらそんなことはあまりなくて、2ヶ月ぶりくらいだった。自分の中ではそれくらい長かったのかも。

 

夏が終わりますね。わたしはずっと夏が嫌いで、暑いし、ともだちが居なかったから長期の休みに入っても特にすることなんかなくて、ずっと家に籠っているくらいだった。花火大会もともだちと行ったことがなくて(それは別に行きたいと思ってなかったし、実家からすごくよく見えるからそれで満足していた)、どこかへ出掛けたことも全然なくて、青春とかちょっと難しいなって思っていたし、人間と関わるのがすごく嫌いだった。夏のこともね。それでも今年の夏はすごいすごいすごい楽しくて、一生終わって欲しくないっていろんなところで叫んでしまった。19歳の夏を特別にしたかった。死ぬことくらいでしか永遠にできないし、まだ死にたくないので、永遠にすることは諦めます。それでもほんとうに特別で、ずっと楽しくて、ずっと笑っていて、きらきらしてたな。自分が「あ、すきだ」と思う人たちとたくさん会うことがこんなに楽しいなんて知らなかった。わたしがこれまでの人生でやりたいと思っていたことをぜんぶやり尽くすみたいな夏だったな。みなさんの夏はどうでしたか?まだ終わらせたくないね。たとえば夜通し遊んでいて、朝に帰るとき、自転車を漕ぎながら4時とか5時とかの光と風を浴びて嬉しくなっちゃう。ずっと起きていたのがわたしだけだったときは「この回で最強だったのはわたしだ!!!」って騒いで遊べるし、夜中に構内で大声で叫んでいたらせんぱいに「警備員さん来るから静かに!頼むから静かにして!」って怒られるし、夜は暗いし、朝陽は明るい。ちょっと前までのわたしは自分がこんな自由に塗れた人間だなんて思いもしなかった。もっとがっちりした、なんていうか、堅いみたいな?堅いみたいな、なんていうんだろう?冷めた目で一歩後ろからなにかを見てるみたいな、そういう人間だと自分のことを思っていた。でも今の方がずっとずっとずっと楽しいね。

 

夏の話はまだずっとしていたいけどこれくらいにしておきます。夏が苦しかった人に刺されたくないからね!でもわたしも今年以外の夏は結構ずっと苦しかったよ。それだけ。

 

 

ところで、わたしは忘れっぽくて自分語りが苦手でともだちが全然いなくて記憶力が悪くて(変なとこではいい。人の顔と名前を一致させるのとか無意味な数字列を覚えるのは得意/逆に出来事や何気ない会話を覚えているのがすごく苦手 逆に?)、ブログを書いていると自分語りが苦手なんていうの信じてもらえないと思うけど、わたしと会う人はわたしがどれだけ無口か知っていると思います。いろんな人に苦労させてしまった気がします。でもともだちはみんなわたしのことを許してくれて、わたしにやさしい。いつも無愛想だから楽しそうにしてるだけで「芽生が楽しそうにしてる…」って喜んでくれるし、このまえちょっと色々あって、わたしが「こんなんじゃともだちいなくなっちゃうよ」って泣いてたら「大丈夫だよ、自分たちがともだちだよ」って言ってくれた。それが本当か嘘かっていうのは結構どうでもいいことだと思いました。たとえばわたしはその2人のことを新たなともだちだと思うことでこれから頑張ろうってなるからね。単純なのかな?でもこの世はぜんぶそのくらい単純に出来てた方がいいよ。難しいこと考えてると熱が上がっちゃうから。なにが書きたいのか分からなくなったからこれで終わり!夏じゃあね!また来年ね!

以上

正しい/正しくないのふたつ、均衡をとる、他人のこと

人生においても生活においても、物事は正しい/正しくないのふたつにきれいに分かれるわけではない。

 

そんな当たり前のことを知っているつもりで、実はよく知っていなかったのかもしれないと最近考えた。わたしはいい子だねいい子だねと言われながら育ってきたと自分では思っている。(実はそんなことないのかもしれないが)それに反発したい気持ちからか、最近の生活は腐敗しきっている。楽しいこと以外したくないし、遊んで暮らしてばかりだ。ほんとうは勉強しなくちゃいけないし、ほんとうはレポート書かなきゃいけないし、ほんとうは楽器の練習をしなきゃいけないし、ほんとうはしなきゃいけないことが山積みのはずだった。ほんとうはってなんなんだろうね。気持ち悪い言葉だと思います。

 

ほんとうはしなきゃいけないことなんてほんとうはない。

 

今この瞬間にやりたいと思っていることが今この瞬間にやるべきことなので、わたしはそれをやる。それでも毎日1限にちゃんと出るし、練習不足が分かっていても更に練習不足になるから練習に行くし、レポートの提出期限は守らなきゃいけないからレポートは書く。

 

その生活が正しい/正しくないに分かれるはずがない。それはそうなのだ。なんとなくわたしは自分は偉いなと思って、自己肯定感を高めながら生きている。よく分からないけど別にすきじゃないひととも仲良くするし、仲良く話すし、特に食べたくないものを食べたりもするし、そんなに行きたくない場所に行ったりもする。(これはさきに言ったことと矛盾しかしていなくて面白い。)それを遊んで暮らすことで均衡を取ってるんだよって自分で言って、はっとした。あ、そうか、わたし均衡を取ってたんだ、ここで。そう思った。

 

紫陽花の季節ですね。相変わらずみんな紫陽花がだいすきなようで(例に漏れずわたしもなんだけど)、三軒に一軒は紫陽花がお庭にありますね。この季節のたのしみはそこと、たまに来る晴れの日にしかない。雨は嫌いです。自転車がすきなので。雨は嫌いです。洗濯がすきなので。雨は嫌いです。練習が趣味なので。

 

雨すきですか。わたしは嫌いだよ。

 

この世で3172486番目くらいに頭がおかしい自信がある。最近は1という数字がけっこうすきで、あまり気軽に使えないなと考えていたりもする。だから気軽に使ってないんだけど。

 

インスタグラムに意味不明な投稿ばかりしてしまっていて、愛想尽かされないかなとか最近考えている。けれどインスタグラムはそういう場ではないのかなと思うので、変な投稿をしたい気持ちのうちは続けていこうと思っています。最近創作できていなくてもどかしいし書きたいことが沢山あるので、早く書きたいな。これはほんとうにどうでもいい話なんですが、わたしは顔がぜんぜん焼けなくて、腕がすごく焼けやすくて、そうすると顔に日焼け止めを塗らず腕に日焼け止めを塗りまくっていても腕ばかり焼けていきます。なんか顔ばっか日焼け止め頑張ってる人/顔焼けたから白塗りしまくってる人のどちらかみたいになってほんとに恥ずかしい。なんで腕ばかり焼けるんだ?これから夏なのに困っちゃうね。さいきんシャンプーを3倍の値段するやつに変えたんだけどあまり効果がなくてむせび泣いてしまった。ニートなのになんでそんなとこにお金掛けてるんだろう?

 

自分のことを自分でも分からないのに他人のことなんか分かるはずないじゃんね。

以上