日々のこと、生活のこと、唐突な終わり方

ずっと雨が続いている。雨は嫌いだ、自転車で出掛けることが憂鬱になるし、髪型は決まらないし、洋服もちょっと気を使わなくちゃいけない。台風の日に選挙とはまた皮肉だなと思う。投票率はまた下がるのかな。

 
ずっと小説を書いていない気がしている。正確にはライトシネマを書いたのだから、ずっとではない。それでも最近、毎日が流れていく中で、わたしが小説のことを思う時間はほぼ無いに等しい。
 
今度髪を緑に染めると言ったら、この世でいちばんすきな先輩が顔を盛大にしかめて、わたしは「してやったり」という気分でいた。ヴィジュアル系でも目指してんのと聞かれて、このひとはバンドのことを何にも知らないんだと思ったら、さらにすきになった。あほ。
 
いつ雨が弱くなるかな、選挙に行かねばと思いながらsyrup16gを流している。最高で構成されたみたいなバンド。その先輩に全力で勧めたいけれど、多分好みじゃ無いだろうし、わたしはそこまでその先輩と仲良くないし(この世でいちばんすきなのにね)、なんというか、そういうのじゃない。
 
最近日本語が上手に話せない。あれとかそれとかすぐに言うし、接続詞が上手く使えなくて、よく噛む。それから話すのがノロいところはずっと悪いまま。
 
思考がごちゃごちゃだから、思ったことを順番に吐き出していくのだけれど、その先輩は一個上で、けれど一浪しているから実際は21歳だ。
 
わたしは18歳。
 
埋まらない差はどこにでも存在しているなと思う。ふとした、どうでもいいときに、ふわっと感じる。今朝起きたとき、なんとなく「そうか、あのひとは21歳か」と思って、急に怖くなった。そんな感じでどこにでも転がっている埋まらない差は、永遠に埋まることがないものを指している。
 
6月生まれらしい。わたしは11月生まれだ。
 
アルバイトの話をした。居酒屋でアルバイトを始めた馬鹿なわたしに「馬鹿じゃん」と言った。塾講師をやれば良かったんだとも言われた。わたし数学しか教えらんないですよ、それに、他人の人生に責任持つのなんか絶対嫌みたいなことをぼんやり言った。子供が嫌いだとも。「お前も餓鬼だよ」と食い気味に言われてはっとした。そして、だからわたしこのひとのことすきなんだなと気付いた。
 
今まで誰かに「子供が嫌い」だと言っても、「それでもあなたも子供だった頃があるでしょ」と返され続けてきた。或いは共感するひとも勿論いた。違うのだ。わたしに小さな子供だった時代があることは当たり前で、そこは問題ではないのだ。そんなの全然、わたしの発言に対する返答として正しくない。へえそうなんだで終わりでいいのだ。ついでに言えば「確かに、泣いたりしていたらちょっとうるさいよね」とか、そんな風にあしらってくれればわたしは満足なのだ。
 
女特有の嫌な感じ。自分はずっと自分のことをどちらかと言うと男っぽい性格だと思っていたけれど、こんなところで嫌な感じに直面する。ジェンダーがどうのと語る人にかかったら、この発言は間違っているのかもしれないけれど。
 
話を戻します。
 
お前も餓鬼だよと言われたのは人生で初めてだった。だからすきだ。
 
その先輩は猫みたいだ。すごく親密なときもあるし、隣にいるのにすごく遠くにいるように感じるときもある。実際はどちらでもない。わたしはその先輩に話し掛けることができないと思う。この世でいちばんすきな先輩なのにね?
 
実際は多分、どこにも存在していない、ただの先輩という名目だ。
 
誰かなにかを勝手に特別だと思っていたら、いつか地獄を見ることになる。わたしはそうやってずっと逃げている。
 
全然違う話だけれど、アルバイトを辞めたい。わたしの生活リズムとあまりに合わなすぎるし、わたしの時間はそんなに安いものではない。時給958円、東京の最低賃金で売れるほど、安くはない。それなのにどうしてアルバイトをしているんだろう、馬鹿だ。大体研修中20時間の時給は888円らしいが、これが本当だとしたら明らかに違法である。
 
昨日はハイボールの作り方を教わった。どんどんそこに馴染み始めている。わたしは喋るのがのろいので、返事も「はぁ〜〜い」こんな感じである。居酒屋できびきびできない(仕事が遅いとか、そういうことではなく)。これは致命的ではないかと思うが、何も言われない。もしかして生活リズムが合わない以外は最高のアルバイト先なのかもしれない。先輩もまぁ優しい。(先輩と言っても同級生だ。どこの大学だか知らないけれどジャニーズみたいな顔をした男。無駄に気がきくので嫌いじゃない)
 
早く二十歳になりたい。それでも17歳に戻りたい。17という数字の持つ抗えない魔力にずっと惹きつけられている。15、6歳のときからずっと。ずっととか言ってまだ3、4年だから、ずっとなんて言葉の信憑性は皆無に等しい。
 
雨ばかり降るから、昨日久しぶりに電車に乗った。わたしの生活は基本半径5キロメートル以内に完結しているので、自転車で用が済む。けれど雨の中30分も自転車を漕ぐ気にはなれないから、昨日は電車に乗った。
 
上手に生活できる人間になりたいなと電車に乗りながら思っていた。最寄駅からそこそこ大きな駅へは1駅だけだ。大学の最寄り、わたしの家の最寄り、そこそこ大きな駅となっているので、わたしの家の最寄りから乗るとわたしの大学の学生や教授が乗っていたりすることは、よくある。
 
朝の9時半くらいの電車だった。学科の教授が乗っていた。わたしはまだ1年で、その教授の講義を取っていないから、多分向こうはわたしを知らない。
 
今から帰るのだろうと思った。研究でもしていたのだ。そのとき猛烈に、わたしは上手に生活できる人間になりたいと思ったのである。
 
上手な生活ってなんだろうね。よく分かんないけど。
 
わたしは眼鏡をかけている男の人がすごくすきだと最近気がついた。この世でいちばんすきなその先輩も眼鏡の時とコンタクトレンズのときがあって、眼鏡のときはさらにすきになる。
 
それから背のあまり高くない人がすきだ。自分は馬鹿丸出しの茶髪のくせに、黒髪の人がすきだ。髪の毛をワックスやなんかでセットしていない人がすきだ。寝癖の跳ねているのとかあったら、多分、可愛いと思いすぎて死ぬかもしれない。それから、細い人がすきだ。細すぎたら苦しいけれど、自分の持たないものに憧れるのは仕方ないだろう。
 
そういえば、とある機会にプログラミングか数学かを問われて、わたしは数学を選ぶことにした。数学がすきだ。得意とかではなく、純粋にすきだ。
 
古人骨の研究がしたかったわたしはそれを諦めた。研究室配属のときには是非ともコンピュータで古人骨に関われるような研究室に行きたい。そのために今勉強を頑張るというのは当たり前である。けれどわたしは勉強をあまりしていない。
 
古人骨は人類にとって研究し続けねばならない分野であるとわたしは思う。人類がどのような環境でどのように進化をしてきたのかを考えることは、きっと、この先の人類がどうなるのかという大きなテーマに繋がっていく。
 
本をたくさん読んだ。主に新書だったけれど、とても分かりやすくたくさんのことが書いてあって、わたしは夢中になって化石人類のことを学んだ。
 
それと同時に村上春樹森博嗣なんかも読んでいた。どちらも尊敬すべき大変素敵な作家であると思う。森博嗣スカイクロラ村上春樹ねじまき鳥クロニクルを一押ししておくので、絶対に読んでみて欲しい。
 
高校のときを思い出しながら、先輩のことを考える。最悪にごちゃ混ぜになって、いつか先輩のことを思い出すようになるのかと思ったら、途端に怖くなった。思い出にしたくないですと言ったら、どういう顔をするのだろうか。
 
だんだんタイプミスが増えてきて、多分疲れたのだと思う。今日はこの辺にしておきます。それでは。
 
追伸 投票しましょうなどと説教くさい話をするつもりはないが、このまま進めば近い将来被害を被るのは明らかにわたし(わたしたち)であるので、日本にずっと住む予定で、80とか90とか100とかまで生きたいのだったら、どうすべきかは見えている気がする。これは説教くさいに入るのかな、よくわかりません。